研究内容

カイコを用いた感染症研究と創薬

カイコ感染モデルを用いた細菌感染症の理解

 感染症の研究では実験動物としてマウスなどの哺乳動物が用いられます。哺乳動物を用いた場合、感染実験を行うための特別な実験施設が必要であり、また感染実験は動物倫理的な問題があるため多数の個体を用いた実験が困難です。そこで、これらの問題を解決するために、無脊椎動物であるカイコを実験動物として利用した感染症研究を展開しています。カイコは、マウスなどの哺乳動物と比較して飼育コストが安く、簡素な施設で大量に飼育できます。そして、動物愛護の観点からの倫理的な問題が小さいことが大きな利点としてあげられます。

 当研究室では、これら多くの長所を有するカイコ感染モデルを用いて、候補化合物の治療効果を試験する”in vivo chemical screening”によって新たな感染症治療薬の開発を目指しています。


 黄色ブドウ球菌 (Staphylococcus aureus)やアクネ菌 (Cutibacterium acnes)はヒトの皮膚上に存在する常在菌ですが、炎症性皮膚疾患のみならず、ときには全身性の感染症を引き起こします。黄色ブドウ球菌の感染症を研究するためのカイコ感染モデルはこれまでに確立されていましたが、我々は新たにアクネ菌の感染機構を研究するためのカイコ感染モデルを開発しました。これらのカイコ感染モデルと細菌の遺伝子欠損株を用いた分子遺伝学的解析を通じてそれらの細菌の感染機構の解明を進めています。また、網羅的な遺伝子発現解析を通じて、黄色ブドウ球菌のステロイド耐性機構にTCAサイクルの活性化が関与することを明らかにしました。さらに、ヒトの表皮で検出される細菌Delftia acidovoransの研究から、アンモニアによって表皮ブドウ球菌が増殖を停止する分子機構を実証しました

 当研究室では、黄色ブドウ球菌やアクネ菌などの細菌間相互作用の解明を通じた皮膚疾患や全身性疾患の理解を目指しています。さらに、これらの研究で得られた成果を元にカイコ感染モデルを用いた薬効評価から創薬へとつなげたいと考えています。



関連論文

Matsumoto Y., et al., Insects, 12, 619, 2021

Matsumoto Y., et al., BBRC, 528, 318-321, 2020

Ohkubo T., et al., PLoS ONE, 16, e0253618, 2021

Ohkubo T., et al., BBRC, 588, 104-110, 2022


カイコを用いた新しい真菌感染モデルの開発と創薬への応用

 真菌感染症を引き起こす病原体の中で、Candida albicansTrichosporon asahiiに着目して研究を行っています。これらの真菌による重篤な深在性真菌症は死亡率が高く、またカテーテルなどの医療器具表面でのバイオフィルム形成による薬剤抵抗性が問題となります。それに対して我々は、カイコにカテーテルの基材のチューブを埋め込み、in vivoでバイオフィルムを評価できるカイコを用いた新しい試験法を開発しました。

 また、T. asahiiのカイコ感染モデルを確立し、本菌の感染機構を解明するための簡便な感染実験の手法も新たに生み出しました。さらに、T. asahiiの遺伝子欠損株を樹立する方法を開発し、T. asahiiの遺伝学の基盤を構築することが出来ました。今後は、これらのカイコ感染モデルや真菌の遺伝学を用いて、感染機構や薬剤抵抗性の分子機構を明らかにしていきたいと考えています。



関連論文

Matsumoto Y, Biol Pharm Bull., 43, 216-220, 2020

Matsumoto Y., et al., Scientific Reports, 10, 10991, 2020

Matsumoto Y., et al., Med Mycol, 59, 201-205, 2021

Matsumoto Y., et al., Scientific Reports, 11, 18270, 2021